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東京都中央区立泰明(たいめい)小学校は東京銀座に位置し、著名な卒業生を多く有する名門小学校として知られています。また、1999(平成11)年10月に東京都の歴史的建造物に選定されました。

泰明小学校・幼稚園 南面外観
泰明小学校・幼稚園 南面外観

現在の泰明小学校の校舎は、関東大震災後の復興小学校の一つとして1929(昭和4)年に建設されました。その後、太平洋戦争中の1945(昭和20)年5月の銀座大空襲によって大きな被害を受けましたが、構造的には被害は少なく、内外復旧工事を経て、現在もほぼ建設当初のままの姿を保っています。

蔦に覆われ、銀座の街にふさわしい趣を持つこの建物の建設工事、および太平洋戦争後の復旧工事は共に錢高組が担当しました。

※「東京都選定歴史的建造物」
歴史的な価値を有する建造物(歴史的建造物)のうち、景観上重要であるとして東京都景観審議会の答申と所有者の同意を得て都が選定したものです。


泰明小学校・幼稚園 位置図
泰明小学校・幼稚園 位置図

■泰明小学校の概要(現三代目校舎:当社施工)

所在地
東京都中央区銀座5丁目1番13号
校舎
鉄筋コンクリート造3階建
講堂、屋内体操場
鉄骨鉄筋コンクリート造2階建
延床面積
4,292.7m2(1坪3.305m2として)
最高高さ
約14m
基礎構造
鉄筋コンクリート製(ペデスタル)杭
普通教室
20室
特別教室
5室(手工、理科、裁縫、唱歌、図書)
その他
準備室2室、標本室2室、医務室、職員室、応接室、割烹室、湯沸場、宿直室、シャワー室、便所4ヶ所、他

三代目(現)鉄筋コンクリート造校舎(建設当時)
三代目 鉄筋コンクリート造校舎(建設当時)

同左 配置図
同左 配置図


初代赤レンガ校舎
初代赤レンガ校舎

二代目木造モルタル校舎
二代目木造モルタル校舎

三代目講堂外観
三代目講堂外観

三代目講堂内観
三代目講堂内観

現在の講堂内観
現在の講堂内観

■泰明小学校の略歴

1878(明治11)年6月25日
東京府公立泰明小学校として設立 赤レンガ2階建校舎
1912(明治45)年
木造モルタル造3階建校舎(二代目)竣工
1923(大正12)年9月1日
関東大震災により校舎全焼
1929(昭和4)年6月
鉄筋コンクリート造2階建校舎(三代目)竣工(当社施工)
1945(昭和20)年5月24日
焼夷弾により校舎被災
1952(昭和27)年
戦災からの復旧工事竣工(当社施工)
1953(昭和28)年5月
泰明幼稚園創立
1978(昭和53)年
小学校100周年、幼稚園25周年
2008(平成20)年
小学校130周年、幼稚園55周年

■震災復興小学校の建設

関東大震災からの復興に際して、東京市(当時)は建設局長に日本における耐震構造学の祖とされる佐野利器氏を迎え、被災した小学校を最新の建設技術であった鉄筋コンクリート造で建設しました。
1924(大正13)年から1930(昭和5)年まで、7年間に建てられたこの『震災復興小学校』は117校を数えますが、錢高組はこのうちの19校の建設を担当しました。

■三代目(現)校舎建設の様子

三代目(現)校舎建設当時の様子が『泰明百年ものがたり』には以下のように紹介されています。

『この工事は昭和2年末から4年6月まで、錢高組によって施工されました・・・・。(中略)落成した泰明の鉄筋校舎と付属施設は、まったく見事としか言いようがありませんでした。ときの森田虎次郎校長をはじめ関係職員はしばしば当局に出向き、工作図をして真の教育内容に即したるものたらしめる努力をはらい、絶えず工事現場に出入りし、教育の見地から、計画に改善を要するものを発見したときは、その都度それぞれの手続きを経て変更に至った・・・。』

建設に携わった関係者の熱意と共に、施工を担当した当社の社員も一緒になって良い建物を造ろうと努力を重ねた様子が伺えます。

当時の学校建築においては壁の厚さは15cmが普通でしたが、泰明小学校の壁厚は22cmあります。また、現在の鉄筋コンクリート建物と比較しても鉄骨や鉄筋の使用比率が高く、災害に懲りて安全率が大きすぎるという説もあります。しかし、最近行なわれた耐震診断の結果、現在の基準に照らしても十分な耐震強度を保っていることが判っています。

■戦災からの復旧

太平洋戦争の期間中、生徒は現在の埼玉県深谷市に学童疎開をしていましたが、空襲を受けた校舎は銀座の街と共に大きな被害を受けました。戦後の復旧工事は1946(昭和21)年11月から始まり、翌1946(昭和22)年4月からは元の校舎での授業が再開していますが、この復旧工事がすべて完了したのは1952(昭和27)年のことです。翌1953(昭和28)年には、創立75周年記念式並講堂雨天体操場竣工式が行なわれています。

ひどい空襲を受けたにもかかわらず、建物本体の被害は軽微で復旧が可能であったことは、元々頑丈に造られていた事が幸いしたものと思われます。


■「泰明小学校」の今 ― 銀座の街並みに融け込む 瀟洒なデザイン

「泰明小学校」のデザイン上の特徴としては3階の連続した半円形の窓と、円形に張り出した講堂、雨天体操場の外観が挙げられます。これは大正期に多く見られ、昭和の時代には失われた表現主義の影響を残しています。また、皇居に続く『みゆき通り』沿いには緑を伴うアーチ型の開口を有する塀が設けられ、その門扉は“フランス門”と呼ばれる瀟洒なデザインで、銀座の街並みに相応しい佇まいを見せています。

みゆき通りから見た校舎と外塀
みゆき通りから見た校舎と外塀

数寄屋橋公園側から見た講堂
数寄屋橋公園側から見た講堂

フランス門
フランス門


東京市(当時)は、復興小学校に隣接して小公園を多く設けました。泰明小学校脇の数寄屋橋公園は、その一つです。これは、小学校を災害時の避難拠点と考え、公園を隣接させることによってその機能を強化するという考えによるもので、安全な街づくりに腐心した当時の技術者の心が偲ばれます。

参考資料

  • 「平成20年度 中央区立泰明小学校 学校要覧」
  •  
  • 「泰明100年ものがたり」昭和53年 中央区立泰明小学校編集・発行
  • 「東京の建築遺産50選」東京建築士会HP
  • 「東京市教育施設復興図集」昭和7年 東京市役所発行

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